ここでは,大学で習う線形代数についての基本を説明していきます.また,対象は特に問いません.数学が苦手な方でも理解しやすいような例を利用しているので安心して読み進めてください.なお,当サイトの線形代数の進め方について知りたい方は以下をクリック.
この回では,正則行列とそれに関わる概念について説明していきます.
キーワード:正方行列、対角行列、単位行列、I、正則、逆行列
単位行列
n次正方行列を考えます.その前に,対角行列というものを定義しておきます.
\[\begin{pmatrix} a_{11} & \cdots & \cdots & 0 \\ \vdots & a_{22} & \, & \vdots \\ \vdots & \, & \cdots & \vdots \\ 0 & \cdots & \cdots& a_{nn} \end{pmatrix} \]
上の行列のように,対角成分(斜めの部分)以外の要素がすべて0のとき,対角行列と呼びます.
そして単位行列とは,対角成分がすべて1の対角行列で,Iで表します.
\[ I = \begin{pmatrix} 1 & \cdots & \cdots & 0 \\ \vdots & 1 & \, & \vdots \\ \vdots & \, & \cdots & \vdots \\ 0 & \cdots & \cdots& 1 \end{pmatrix} \]
単位行列は,数字でいう1と同じ性質を持っています.
単位行列の性質
1.あるn次正方行列Aに対し,AI = IA = Aが成り立つ.
2.Iのn乗はIになる.
1については,Iに対して何を掛けても結果は変わらないという意味です.2は,例えば I の2乗は I,I の3乗は I と,累乗しても変わらないという意味です.
正則行列・逆行列
正則行列とは以下が成り立つ行列のことを言います.
$$ AB = BA = I (ただし、A,Bはn次正方行列)$$
上の式が成り立つとき,Aは正則であると言います.つまり,AにBを右と左から掛けても常にIになるときに成り立つということです.
ここで,AではなくBに着目してみます.実は,正則である行列Aに対して,上式が成り立つBはただ一つしかないということが分かっています.証明は簡単なのでやってみましょう.
proof.
AB = BA = Iが成り立つとする.次に,AC = CA = Iが成り立つCが存在すると仮定する.
このとき,
B = BI = B(AC) = (BA)C = IC = C…※
となることから,B = Cが成り立つ.
よって,AB = BA = IとなるBはただ一つしか存在しない.
q.e.d.
※の部分を説明すると,Iはどの行列に掛けても値が変わらないことから,B = BIが成り立ちます.
AC = CA = Iから,I = ACであるので,B = BI = B(AC)となります.
またB(AC)より,これは掛ける優先度を変えると,B(AC) = (BA)Cとなります.
最後に,AB = BA = Iより,BA = Iなので,B = BI = B(AC) = (BA)C = IC = Cとなって証明完了.
つまり,Aを正則にする他の行列Cが存在するかもしれないと思って仮定して考えた結果,CはBと同じものになることが分かったので,Bだけあれば良いじゃんということです.
このBのことをAに対しての逆行列と呼びます.一般にAが正則であるとは,以下が成り立つときです.
$$ AA^{-1} = A^{-1}A = I $$
この\(A^{-1}\)の部分をAの逆行列と呼びます(先ほどはBにしていた).
逆行列自体の求め方もありますが,それは後の回に説明します.
逆行列の性質
逆行列について以下の規則が成立します.
A, Bを正則行列とする.
1.\((A^{-1})^{-1} = A \)
2.\((AB)^{-1} = B^{-1}A^{-1}\)
1は,\(AA^{-1} = A^{-1}A = I\)が成り立つ過程で,\(A^{-1}\)の立場から見ると, \(A^{-1}\) の逆行列はAであるということを意味しています.
2はABの逆行列は\(B^{-1}A^{-1}\)となること・・・※を意味しますが,これは割と重要な式変形なので簡単に証明したいと思います.
2の証明
A, Bは正則行列である.※が成り立つということは,以下が成り立つことと等しいので,
\((AB) B^{-1}A^{-1} = B^{-1}A^{-1}(AB) = I \)
これを証明すれば良い.よって,
\((AB) B^{-1}A^{-1} = ABB^{-1}A^{-1} = AIA^{-1} = AA^{-1} = I \)
\(B^{-1}A^{-1}(AB) = B^{-1}A^{-1}AB = B^{-1}IB = B^{-1}B = I \)
以上より,2が成立する.
上の証明において,根底にあるのは正則の定義である,\(AA^{-1} = A^{-1}A = I\)です.つまり,今回の場合,AをAB,\(A^{-1}\)を\( B^{-1}A^{-1} \)と読み替えれば,上の証明は容易に理解できます.これは非常に重要なので理解しておきましょう.
なお,C, Dを正則行列とすれば,以下も成り立ちます.
\((ABC)^{-1} = C^{-1}B^{-1}A^{-1}\)
\((ABCD)^{-1} = D^{-1}C^{-1}B^{-1}A^{-1}\)
このように数が増えていっても同様に成り立ちます.証明は上と同じ手法でできるので,やってみましょう.
まとめ
1.n次正方行列Aにおいて,対角成分以外の要素がすべて0のとき,Aを対角行列と呼ぶ.
2.Aが対角行列でありかつ,対角成分がすべて1のとき,Aを単位行列と呼び,Iで表す.
3.どんなn次正方行列にIを掛けても値は変わらない.
4.Iは何乗してもI.
5.Aが正則であるとは以下が成り立つときであり、\(A^{-1}\)をAの逆行列と呼ぶ.
$$ AA^{-1} = A^{-1}A = I$$
6.\(A^{-1}\)はただ一つしか存在しない.
7.逆行列において以下の規則が成り立つ.ただし,A, Bは正則行列であるとする.
\((A^{-1})^{-1} = A \)
\((AB)^{-1} = B^{-1}A^{-1}\)
練習問題
1.行列Aが以下のとき,問いに答えなさい.(ヒント1:A^{3}の結果に注目.ヒント2:Iは何乗しても変わらない.ヒント3:A^{100}はA^{3}を使ってどう表される?)
\[A = \begin{pmatrix} \frac{1}{2} & \frac{\sqrt{3}}{2} \\ -\frac{\sqrt{3}}{2} & \frac{1}{2} \end{pmatrix} \]
$$(1) A^{3} (2) A^{100}$$
2.A,Xはともにn次正方行列とする.AX = XA = Iが成り立つとき,Xはただ一つしか存在しないことを証明しなさい.(ヒント:今回の内容に書いてある)
解答はこちら → 練習問題解答
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